家電のリモコンはなぜ今も赤外線なのか。本体に向けないと反応しない理由

A remote control rests on wrinkled bed sheets, conveying a cozy and relaxed atmosphere. Uncategorized
Photo by Chris F on Pexels

テレビの電源を入れようとリモコンのボタンを押したのに、反応しない。よく見ると、リモコンがソファのクッションの下に半分隠れていて、テレビの受信部から少しずれた角度を向いていた。そんな経験は、たいていの家庭にあると思います。エアコンのリモコンも同じです。布団をかぶせて置いてしまうと、いくらボタンを押しても温度が変わりません。

なぜ令和のいまになっても、家電のリモコンは「本体に向けて操作する」という不便さを抱えたままなのでしょうか。結論から言うと、家庭用家電のリモコンはいまも赤外線通信が主流で、これには安さと省電力という、技術的に理にかなった理由があります。スマートフォンのBluetoothのように障害物越しでも届く方式にしなかったのは、怠慢ではなく選択の結果です。

この記事では、赤外線リモコンがここまで定着した背景を、3つの理由から順番に見ていきます。

リモコンを本体に向けないと反応しない、あの仕組みの正体

家電のリモコンのほとんどは、赤外線という目に見えない光を使って信号を送っています。リモコン先端の小さな黒い窓から、ボタンごとに決まったパターンの光の点滅が飛び出し、テレビやエアコンの受信部がそれを読み取って動作します。光である以上、まっすぐにしか進みません。壁の向こうには届かないし、クッションに遮られても届きません。

この「向けないと反応しない」という弱点は、実は設計段階で分かっていたことです。それでも赤外線方式が選ばれ続けてきたのには理由があります。ひとつは部品コストの安さ、もうひとつは電池の持ち、そしてもうひとつは混信のしにくさです。この3つを順に見ていくと、不便さの裏にある合理性が見えてきます。

たとえば1000円台で買えるシンプルな扇風機のリモコンを分解しても、中身は数個の部品で済んでいます。送信側も受信側も構造が単純なので、製造コストを低く抑えられます。これが数千円もする高機能な通信モジュールに置き換わると、家電本体の価格にそのまま跳ね返ってしまいます。

ここは迷うところですが、「技術的に古い」ことと「合理的でない」ことは、必ずしもイコールではありません。赤外線は枯れた技術だからこそ、壊れにくく、安く作れるという側面があります。

赤外線が選ばれた理由(1) 歴史の積み重ねと部品の枯れ具合

赤外線リモコンが家電に広まったのは1980年代のテレビからです。当時はまだ無線通信の規格が家庭用機器向けに整備されておらず、赤外線LEDとフォトダイオードという、単純で安価な部品の組み合わせが現実的な選択肢でした。以来40年近く、この方式が業界標準として定着し続けています。

技術が長く使われ続けると、部品の生産ラインも最適化され、価格はどんどん下がっていきます。赤外線の送受信素子は、いまや数十円単位で調達できるほど枯れた部品になりました。新しい通信方式に切り替えるとなると、設計のやり直しだけでなく、工場の製造ラインや部品調達の仕組みも作り直す必要があります。家電メーカーにとって、これは簡単に踏み切れる投資ではありません。

具体的な場面を想像してみてください。量販店に並ぶ5000円前後の電気ケトルや、1万円台の扇風機にも、簡単な赤外線リモコンが付属していることがあります。もしこれらすべてにBluetoothモジュールを搭載したら、本体価格は確実に上がります。安価な家電ほど、赤外線という枯れた技術の恩恵を受けていると言えます。

ただし、すべての家電がこの理屈に当てはまるわけではありません。高級テレビやオーディオ機器では、すでにBluetoothリモコンや専用アプリでの操作に切り替わっている製品も増えています。価格帯が上がるほど、新しい通信方式を採用する余地が生まれるという傾向はあります。

赤外線が選ばれた理由(2) 電池がほとんど減らない省電力性

赤外線リモコンのもうひとつの強みは、消費電力の少なさです。ボタンを押した瞬間だけ発光し、それ以外はほぼ電流が流れません。単4電池2本で1年以上使えるリモコンが珍しくないのは、この仕組みによるところが大きいです。

Bluetoothのような常時通信を前提とした方式では、機器同士が定期的に信号をやり取りして接続を維持する必要があります。この「待機中もわずかに電力を使う」という性質が、電池の消耗を早めます。スマートフォンのワイヤレスイヤホンを思い浮かべると分かりやすいかもしれません。あれは数日に一度は充電が必要です。もし家電のリモコンが同じ方式だったら、充電の手間や電池交換の頻度は格段に増えるはずです。

実際の場面で考えると、エアコンのリモコンは1年に数回しか電池を替えない家庭が多いと思います。これは赤外線方式だからこそ成り立つ気軽さです。もし半年ごとに電池切れの警告が出るようでは、リモコンを探す手間がかえって増えてしまいます。

一方で、最近のスマートリモコンや学習リモコンの中には、Wi-Fi経由でスマートフォンから操作できる製品もあります。これらは便利な反面、本体をコンセントに常時挿しておく必要があり、設置の自由度は下がります。省電力性と利便性は、どうしてもどこかでトレードオフになります。

赤外線が選ばれた理由(3) 混信を避けやすい設計のしやすさ

テレビのリモコンでエアコンが動いてしまったら困ります。赤外線方式には、こうした混信を防ぎやすいという特徴もあります。メーカーごと、機種ごとに異なる信号パターンを割り当てることで、同じ部屋に複数の赤外線家電があっても、基本的には干渉しない設計になっています。

この仕組みは家電業界団体が定めた規格に基づいています。各社はこの規格の範囲内で、自社製品専用の信号パターンを設定します。結果として、リビングにテレビとエアコンと照明のリモコンが並んでいても、それぞれが別々に反応するわけです。

具体的には、量販店の実演コーナーで複数のテレビが並んでいる場面を思い浮かべてください。来店客がリモコンで1台を操作しても、隣のテレビが反応することはまずありません。これは赤外線の指向性の高さと、信号パターンの作り分けが両方そろって初めて成り立つ仕組みです。

ただし、まれに安価な互換リモコンや、同じメーカーの旧機種同士では信号パターンが重なり、意図せず複数の機器が反応してしまうことがあります。賃貸物件で前の入居者が置いていった家電がある場合、こうした混信に気づきにくいケースもあるので注意が必要です。

例外と、これから起きている変化

赤外線方式が主流とはいえ、すべての家電がこの枠に収まるわけではありません。スマートスピーカーと連携する家電や、アプリ操作を前提とした最近の製品では、Wi-FiやBluetoothを使った通信が当たり前になりつつあります。特にエアコンの上位機種では、スマートフォンから外出先でも操作できるタイプが増えています。

この違いが生まれる理由はシンプルです。遠くから、あるいは障害物越しに操作したいというニーズがある製品ほど、赤外線の弱点が致命的になります。外出先からエアコンを操作したい人にとって、「本体に向けないと反応しない」赤外線は論外です。この場合はWi-Fi経由の通信が選ばれます。

一方で、テレビやエアコンの基本的なリモコンそのものは、当分は赤外線方式が残り続けると考えています。理由は単純で、リモコンだけをBluetooth化しても、電池持ちと部品コストの面で得られるメリットが小さいからです。むしろ、本体側に通信機能を足して、リモコンは従来どおり赤外線のまま、アプリと併用するという形が主流になっていくと見ています。

ここで迷いやすいのが、「学習リモコン」と呼ばれる製品の存在です。これは複数の家電の赤外線信号を記憶して、1台にまとめて操作できるようにするものですが、赤外線を学習リモコンの中継器に送り直す仕組みを採用しているため、結局は家電本体との間でまっすぐ向ける必要がある場合があります。すべての学習リモコンが全方向に信号を飛ばせるわけではない、という点は覚えておいて損はありません。

リモコンがテレビの下に落ちていて反応しないとき、電池切れを疑う前に、まずは角度を直してみる。それだけで解決することのほうが、実は多いものです。

タイトルとURLをコピーしました